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2011年5月

2011年5月29日 (日)

イタリア旅行記(3):怪物庭園

イタリア旅行記の3回目の記事は、ローマから車で1時間半ほど北に行ったところにある怪物庭園(Parco dei Mostri)について。

かつてここを訪れた作家澁澤龍彦がエッセイに書いたことで知られている。

ここを訪れた旅行者は、森の樹々の葉がくれにちらちら見える異様な巨人や、神話の怪獣の立ちならぶ景観に、あたかもこの世ならぬ別天地に迷いこんだかのような、強烈な印象を味うことになるのである。
《澁澤龍彦著「幻想の回廊から」より》

場所


より大きな地図でイタリア旅行記訪問地マップを表示

怪物庭園はラツィオ州ヴィテルボ県のボマルツォ(Bomarzo)という町の近くにある。

おそらく公共の交通機関はあまりなさそうなので、訪れるには車でないとつらいと思う。 ローマの空港(Fiumicino)から車で行くと約130Kmぐらいの道のりで、だいたい1時間半~2時間ぐらいで着く。

庭園に至る道

<庭園に至る道写真>

五月の爽やかな陽気の中を庭園へと向かう。

日曜日だったこともあり、ピクニックをする家族連れや、若者のグループを多く見かけた。 子供たちの楽しげな声がこだましている。 あまり怪物が出るような雰囲気ではないのだが...

ボマルツォ遠景

<ボマルツォ遠景写真>

遠くの高台の上にボマルツォの町が見える。

ボマルツォというのはオルシーニ家という名門貴族の領地だったそうで、その城が見える。

ガイドブック

<ガイドブック写真>

庭園の売店で売っていたガイドブック。展示品の1つ1つについて解説が書いてある。日本語版は無いというので、英語版を買った。8ユーロ也。

庭園に入る門

<庭園に入る門写真>

石積みの古い門が見えてきた。

この怪物庭園は、16世紀半ばに、オルシーニ家のピエル・フランチェスコ・オルシーニ(通称ヴィチーノ)が建築家のピッロ・リゴーリオに依頼して作ったものだという。

オルシーニ公の死後はずっと忘れ去られ、荒れ果てていたが、1970年ごろから整備され、今やちょっとした観光地になっている。 ただし、観光バスが大挙してやってくるような大きな観光地ではない。田舎の名所旧跡といった感じのところだ。

庭園内マップ

庭園内地図

画像をクリックすると拡大:1600x1143 約970KB

入るときにもらったマップ。

35の石像やレリーフ、建物が展示されている。

展示番号2:グラウコス

<「グラウコス」写真>

ガイドブックによると、これは海の怪物グラウコスだという。

もっとも、この庭園にある石像が何を意味しているのかは、よくわからないらしい。 というか、そもそもこの庭園が何のために作られたのかもよくわからないらしい。

頭の上の球体の上には建物のようなものが載っている。球体は世界を表し、建物はオルシーニ家の居城を表すという。

展示番号4:巨人たちの戦い

<「巨人たちの戦い」写真>

これはこの庭園でよく引き合いに出される像だ。

澁澤龍彦は以下のように書いているが...

仰向けになった犠牲者(胸部や腕の筋肉は青年を思わせるが、上から見ると、男根のないふくらんだ下腹部が、むしろ女のものであることを明らかにする)の苦悶の表情が、生ま生ましく石に刻みつけられられ、そのあまりに荒々しい、残酷なエロティシズムが、見る者を茫然とさせる。
《澁澤龍彦著「ヨーロッパの乳房」より》

うーん、そうかな...そうとも見えない。

ガイドブックではこれを「ヘラクレスとカクス」と説明している。牛を盗んだカクスをヘラクレスが八つ裂きにするという場面だという。

展示番号5:亀

<「亀」写真>

亀の上に台座みたいなものが載っていて、その上に球体があり、その上に女性が立っている。 今は欠けてしまっているが、女性は、その昔、ラッパを吹く姿であったという。 球体はおそらく世界を表し、女性は勝利を表すという。

展示番号13:傾いた家

<「傾いた家」写真>

何故か傾いた家。

中に入ることができる(何も無い部屋があるだけだが)。入ってみると、平衡感覚がおかしくなってクラクラする感じがする。

展示番号14:ケレス

<「ケレス」写真>

ボードレールの願望であった巨女憧憬の夢想を満たすのに、これほど適切な創造物はあるまい。「彼女の豊満な肉体の上を悠然と漫歩して、そが巨大なる膝の傾斜(なぞえ)を這いのぼり・・・・・・・」。
《澁澤龍彦著「ヨーロッパの乳房」より》

ガイドブックではこれは農耕の女神「ケレス」だと説明している。 頭の上に籠みたいなものを載せているが、何なのかよくわからない。

ケレスの背後には、これまたなんだかよくわからない彫刻がある。

<「ケレスケレスの後ろ」写真>

逆さまになった何者かと、それを両脇から抱える羽根の生えた人魚のような何者か。 なんだかよくわからないが...

これはどう眺めても、倒錯的なエロティックな行為を表現しているとしか思われず、私たちを唖然とさせるに十分な構図である。
《澁澤龍彦著「ヨーロッパの乳房」より》

ガイドブックでは、両脇の者はトリトン(男の人魚)で、逆さまになっているのは清めの沐浴だと説明している。

展示番号19:オーガ

<「オーガ」写真>

怪物庭園で一番の人気、みんながこの前に立って記念写真を撮っていた。

地面から首だけ突き出して、絶叫している怖ろしい地獄の魔王の顔のようである。 この顔の口は直径二メートルを越えるから、優に人間が立って通れるだけの大きさを有し、一種のグロッタになっている顔の内部には、石を刻んだテーブル(同時に舌に見立ててある)が備えつけてある。 かつて、オルシニ侯に庭を案内された客人が、ここで、しばしの疲れを休め歓談したものと想像される。 グロッタの内部で笑い声でも立てれば、その声は大きく反響して、口から外へ飛び出し、あたかも地獄の魔王が哄笑しているようにも聞えたことであろう。何という奇想天外なアイディアだろう。
《澁澤龍彦著「ヨーロッパの乳房」より》

展示番号20:ドラゴン

<「ドラゴン」写真>

犬のような動物と格闘しているドラゴン。

展示番号21:象

<「象」写真>

兵士を鼻で巻き込んでいる象。背中には櫓のような構築物。これはハンニバル軍のイメージだろうか。

展示番号23・24:ネプトゥヌスとイルカ

<「ネプトゥヌスとイルカ」写真>

海の神ネプトゥヌスと、大口をあけたイルカ。

イルカというよりもクジラというほどの大きさだが。

展示番号25:眠るニンフ

<「眠るニンフ」写真>

澁澤龍彦曰く「仰向けに寝たみだらな姿のニンフがいる」。

展示番号27:フリアエ

<「フリアエ」写真>

上半身はわりと美しい女性像だが、下半身は蛇のようになっていて、背中には羽がある。フリアエというのは復讐の女神の一人だという。

展示番号28・29:ライオンとエキドナ

<「ライオンとエキドナ」写真>

フリアエと向かい合うようにしてエキドナがあり、両者の間には2頭のライオンがいる。

エキドナはやはり上半身が女、下半身が蛇になっている。ケルベロスやスフィンクス、ヒドラなど様々な怪物たちの母だという。

展示番号31:松ぼっくりとドングリの広場

<「松ぼっくりとドングリの広場」写真>

平らな広場のような場所があって、周りに松ぼっくりとドングリをかたどった石柱が並んでいる。

展示番号32:プロセルピナ

<「プロセルピナ」写真>

松ぼっくりとドングリの広場の入り口に、広場を見渡すようにある冥界の女王プロセルピナ。下半身は何故かベンチのような形になっている。

展示番号33:ケルベロス

<「ケルベロス」写真>

プロセルピナの背後には冥界の番犬ケルベロスがいる。頭が3つある。

展示番号34:霊廟

<「霊廟」写真>

最後に小さな神殿のような建物がある。

私たちはさらに階段をのぼり、この「聖なる森」のなかでいちばん高い、広々とした丘の上に出た。
そこには、今までの怪奇な彫刻群とは全く趣きを異にした、古典的な様式の列柱と円屋根のある、小さな美しい霊廟があった。(中略) オルシニ侯が、若くして死んだ美貌の妻ジュリア・ファルネーゼの霊を慰めるために建てたものだという。
《澁澤龍彦著「ヨーロッパの乳房」より》

おわりに

陽気が爽やかだったせいかもしれないが、自分が見たところでは、この庭園に澁澤龍彦が書いたほどエロティックな意味合いは感じなかった。ただ、確かに、普通の西洋古典美術の世界からは外れた別の世界があるように思った。 オルシーニ公が何を考えてこの庭園を造ったのは謎のままだが、美術史の表舞台にはあらわれない何かがそこにはあったように思う。

参考文献

この記事を書くにあたり、以下の文献・Webサイトを参考にさせていただいた。

  • Soc. Giardino di Bomarzo発行「BOMARZO A guide to THE PARK OF THE MONSTERS」
    (庭園の売店で買った英語版のガイドブック)

  • 澁澤龍彦著「幻想の回廊から --- ボマルツォの聖なる森」
    河出書房新社発行「澁澤龍彦全集8」(ISBN 4-309-70658-4)に収録

  • 澁澤龍彦著「ヨーロッパの乳房 --- バロック抄 ボマルツォ紀行」
    河出書房新社発行「澁澤龍彦全集12」(ISBN 4-309-70662-2)に収録

  • ジェイムズ・ホール著/高階秀爾監修「新装版 西洋美術解読事典」
    河出書房新社発行、ISBN 4-309-26750-5

  • 荒俣宏・泰子著「日本語カーナビで行く ヨーロッパ・レンタカー旅行完全ガイド イタリア編」
    角川書店発行、ISBN 978-4-04-885017-9

  • ウィキペディアの 澁澤龍彦ボマルツォオルシーニ家ピッロ・リゴーリオエリーニュースエキドナ のページ

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2011年5月16日 (月)

イタリア旅行記(2):ヴァチカン美術館

2年前にもローマに来たことがあって、ヴァチカン美術館を見たかったのだが、入場待ちが長蛇の列をなしていて、残念ながら諦めたことがある。 しかし今やヴァチカンのWebサイトからオンラインで予約ができるようになっている。

入口前広場

<入口前広場写真>

予約時間は朝一番8:00。7:30に着いたらまだガラガラだったが、ほどなくして続々と団体客がやって来て、並び始めた。

写真は出口で、入口はこの左手のほうだった。 どう並んでいいのかよくわからなくて困ったが、入り口に向かって右側のほうに置いてある柵の中は団体客が並ぶ場所で、個人客は柵に沿って左側に列を作るみたいだ。

エントランスホール

<エントランスホール写真>

ちょうど8:00ごろから入場開始。 入り口にはX線検査があって、それを通るとエントランスホールに入る。

左手のCassaと書かれたカウンターで予約証を差し出すとチケットを発行してくれた。

その後右手の入り口から入り、長いエスカレーターで上のほうに上がって行く。

ガイドブック

<ガイドブック写真>

途中の売店で日本語版ガイドブックを売っていたので買ってみた。 展示室1つ1つについて主な作品の解説が書いてある。

外国製の日本人向け観光ガイドにしては日本語訳の文章がいいな、と思ったら、石鍋真澄監修と書いてある。成城大学の先生だ。

展示室入り口(シモネッティの階段)

<シモネッティの階段写真>

エスカレータで登り切ると、展示室に入る。 複数の建物が組み合わさった複雑な構造をしているので、マップをよく見ないと自分がどこにいるのかよくわからなくなる。 もっとも、マップ自体もわかりにくいのだが。

写真はエジプト館/ピオ・クレメンティーノ館への入り口で、「シモネッティの階段」と呼ばれている(シモネッティとはこれを設計した建築家)。

ナイル川像

<ナイル川像写真>

エジプト館第4室にある2世紀ごろの黒大理石像。 これはエジプト由来のものではなく、ローマで作られたものだそうだ。 エジプト館の展示品には、ローマ帝国の時代に、エジプトから運ばれてきたものもあれば、それらの影響を受けてローマで作られたものもあるという。

これはナイル川の擬人像で、向かって右下にある壺は川の水の源をあらわすものだと思う。 ポイントは足元にいるワニで、これがナイル川を示しているのだと思う。 左腕にはコルヌコピア(豊穣の角)を抱え、ナイル川の恵みを表しているのだと思う。 右手に植物の房のようなものを持っているが、これは何だかわからない。

ラオコーン像

<ラオコーン像写真>

ピオ・クレメンティーノ館の中庭にある、非常に有名な大理石像だ。美術史の本なんかによく出ている。 ローマ帝国の時代にロードス島の彫刻家により制作されたもので、16世紀になってローマで発掘されたものだという。 よく見るとかなり修復された跡がある。

ラオコーンというのはトロイア戦争のときのトロイの神官で、敵軍がアテナへの貢物だと言って置いていったトロイの木馬に疑いを抱き、槍を投げつけたところが、アテナの怒りを買い、アテナの放った海蛇に息子ともども殺される、という話だそうだ。

これはなかなか印象深い作品だ。海蛇に巻きつかれる苦悶がありありと感じられる。

受難伝のタペストリー

<タペストリー全体写真>

エジプト館/ピオ・クレメンティーノ館からラファエロのスタンツェ/システィナ礼拝堂方面へ行く途中は通路状の展示室になっている。 その途中にタペストリーのギャラリー/聖ピウス5世のギャラリーと呼ばれる区画があって、大きなタペストリーが壁いっぱいに展示されている。 古いものなので、色褪せてはいるが、なかなか興味深いものだ。

中でも右の写真に撮ったタペストリーがよかった。おそらく15世紀にフランドルで織られたものだという。 内容は受難伝で、1つのタペストリーに異時同図で複数の場面が描かれている。

<タペストリー エルサレム入城部分写真>

左の部分に描かれているのは多分イエス・キリストのエルサレム入城だと思う。

<タペストリー 最後の晩餐部分写真>

そして中央部分は最後の晩餐。

<タペストリー イエス・キリストの捕縛部分写真>

そして右部分にイエス・キリストの捕縛(ユダの接吻)が描かれている。

コンスタンティヌスの間

<コンスタンティヌスの間写真>

さらに順路に従って進んでゆくとラファエロのスタンツェという区画に至る。 スタンツェとは部屋(複数形)という意味で、ラファエロ(およびその弟子たち)によるフレスコ画が壁面に描かれた部屋が4つある。 これがまたすばらしいものだった。

順路に従って1つ目の部屋が「コンスタンティヌスの間」。 コンスタンティヌスとは4世紀のローマ帝国皇帝で、キリスト教を公認して発展の基盤を築いたとされる歴史上の重要人物。

この部屋には、四方の壁にコンスタンティヌス大帝の物語が描かれている。 写真はその中の一枚で、「ミルヴィオ橋(ミルウィウス橋)の戦い」。 ミルヴィオ橋とはテベレ川にかかるフラミニア街道の橋で、ここでコンスタンティヌス大帝がライバルのマクセンティウスを打ち破り、ローマ帝国を統一した、という歴史的場面を描いている。

ヘリオドロスの間

<ヘリオドロスの間写真>

ラファエロのツタンツェ2つ目の部屋には、神が教会に与えてきた加護をテーマとするフレスコ画が描かれている。

写真はその中の一枚で「神から撃退されるヘリオドロス」。 ヘリオドロスというのはセレウコス朝シリアの財務官で、エルサレムの神殿から財宝を奪おうとしたところを、天使たちに追い返される、という話だそうだ。 教会の財産は神に守られているということを示しているのだと思う。

署名の間

<署名の間写真>

ラファエロのスタンツェの3つ目が署名の間だ。有名な「アテネの学堂」が描かれている。 古代ギリシャの学者たちが一堂に描かれている。

<アテネの学堂中央部分写真>

中心には、著作「ティマイオス」を手にしたプラトン(左)と、著作「倫理学」を手にしたアリストテレス(右)が描かれている。

Wikipediaの「アテナイの学堂」のページによると「プラトンが指を天に向けているのに対し、アリストテレスは手のひらで地を示している。これは、プラトンの観念論的なイデア論の哲学に対し、アリストテレスの哲学の現実的なさまを象徴していると考えられる。」という。

ボルゴ火災の間

<ボルゴ火災の間写真>

ラファエロのスタンツェの最後の部屋は、教皇レオ10世の食堂として使われた部屋で、壁画には同じレオの名を持つ過去の教皇(レオ4世、レオ3世)の出来事が描かれているという。

写真はその中の一枚で、部屋の名前にもなっている、「ボルゴの火災」。847年にローマのボルゴ地区で起きた火災をレオ4世が十字を切って消し止めたという出来事を描いたものだという。 遠景の建物の壇上に教皇の姿が見える。

現代宗教美術コレクション

<現代宗教美術コレクション写真>

ラファエロのスタンツェを抜けると現代宗教美術コレクションのギャラリーというのがあって、数多くの近代・現代のキリスト教絵画が展示されている。

あまりよく見なかったけれど、中には有名画家の作品もあるようだ。 サルバドール・ダリの絵が展示されていた。 何が描いてあるのかよくわからないが、左は「天使のいる風景」、右は受胎告知みたいだ。

システィナ礼拝堂

<システィナ礼拝堂入り口写真>

さて次はいよいシスティナ礼拝堂だ。

続々と人が入って行く。 中は大変な混雑だった。 警備員がしょっちゅう「silence please」と注意していた。

ここだけは撮影禁止なのが残念。 もっとも、あまりにも有名なので、中のフレスコ画は本やWebによく載っているのを見るが。

中は照明が無く、上部にある窓から入る光だけなので、少々薄暗くて見えにくいと思った。

正面にはミケランジェロ作「最後の審判」、天井には同じくミケランジェロ作の創世記、 左の壁(南壁)にはペルジーノやボッティチェリなどの画家の手によるモーセ伝、 右の壁(北壁)にはペルジーノやボッティチェリ、ギルランダイオらの画家の手によるイエス・キリスト伝が描かれている。

再び長い回廊状の展示室を戻り、次は絵画館を見に行く。

ミケランジェロ作「ピエタ」摸刻

<ミケランジェロ作「ピエタ」摸刻写真>

絵画館の入り口に、ミケランジェロの「ピエタ」の摸刻がある。 サン・ピエトロ大聖堂にある本物は防弾ガラスの向こう側にあるが、こちらは何もないので、間近に見ることができる。

Wikipediaの「ピエタ (ミケランジェロ)」のページに、以下のようなエピソードが書いてあるが...

ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』によれば、ピエタの設置を終えてまもないころに「あれは二流彫刻家のクリストフォロ・ソラーリ(Cristoforo Solari)が創ったものだ」という噂がささやかれているのを耳にしたミケランジェロは怒りにかられ、夜中に教会へ忍び込んでマリアの肩から胸に下がる飾り帯の部分に「MICHAELA[N]GELUS BONAROTUS FLORENTIN[US] FACIEBA[T](フィレンツェの人ミケランジェロ・ブオナローティ作)」と刻み込んだという(右写真参照)。のちにミケランジェロは発作的にこうした行為に出たことを後悔し、それ以後けっして自分の作品に名前を入れようとはしないことを誓った。そのため、『サン・ピエトロのピエタ』は彼がみずから署名を入れた唯一の作品となった。
Wikipedia「ピエタ (ミケランジェロ)」のページより

これがその部分(摸刻だが)。 <ミケランジェロのサイン写真>

ジョット作「ステファネスキ三連祭壇画」

<ジョット作「ステファネスキ三連祭壇画」写真>

絵画館は大体年代順に展示されている。まずは初期のルネッサンスから。

これはサン・ピエトロ大聖堂にあった祭壇画で、1320年ごろ枢機卿ヤコボ・ステファネスキによって注文されたものであることから、こう呼ばれているという。

裏表両面に描かれている。

表には、中央パネルに玉座に座る聖ペテロ、左パネルに聖ヤコブと聖パウロ、右パネルに聖アンデレ、福音記者ヨハネが描かれている。

裏には、中央パネルに玉座に座るイエス・キリスト、左パネルに聖ペテロの磔刑、右パネルに聖パウロの斬首が描かれている。

フラ・アンジェリコ作「バーリの聖ニコラウス伝」

<フラ・アンジェリコ作「バーリのニコラウス伝」写真>

これは祭壇画のプレデッラの部分で、ここには二枚ある。この祭壇画の本体はペルージャの美術館にあって、このあとペルージャに行ったときに見た。

一枚目の右側に、三人の娘たちの家の窓から黄金を投げ込むエピソードが描かれている。

フィリッポ・リッピ作「聖母の戴冠」

<フィリッポ・リッピ作「聖母の戴冠」写真>

色合いが美しい。 中央に聖母の戴冠、左右には天使、聖人、寄進者(フィレンツェの書記官カルロ・マルズッピーニという人だそうだ)の姿が描かれている。

ルーカス・クラナッハ(父)作「ピエタ」

<ルーカス・クラナッハ(父)作「ピエタ」写真>

周りはイタリア絵画ばかりの中にあって、ちょっと異質な感じがする。 劇的に痛ましいピエタだ。

ラファエロ作「フォリーニョの聖母」「イエス・キリストの変容」「聖母の戴冠」

<ラファエロ作「フォリーニョの聖母」「イエス・キリストの変容」「聖母の戴冠」写真>

おそらくのこ美術館で最高傑作と思われるラファエロの3作品。 名画ばかりのこの絵画館のなかでも、特にこの3作はいい。 ラファエロの絵は、いろいろな点で美しく出来ている感じがする。

ジョヴァンニ・ベッリーニ作「ピエタ」

<ジョヴァンニ・ベッリーニ作「ピエタ」写真>

図録では「死せるキリストへの哀悼とアリマタヤの聖ヨセフ、ニコデモ、マグダラのマリア」と題されている。

祭壇画の頂上部の絵だったそうで、そのためか、少し下から見上げるように描かれている。 それが独特の臨場感というか迫力感を出しているように思う。 人間味の強く感じられる人物の描写もすばらしい。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作「聖ヒエロニムス」

<レオナルド・ダ・ヴィンチ作「聖ヒエロニムス」写真>

未完の作品だが、レオナルド・ダ・ヴィンチの独特な作風が見て取れるように思う

ティツィアーノ作「サン・ニッコロ・ディ・フラーリの聖母」、ヴェロネーゼ作「聖ヘレナ」

<ティツィアーノ作「サン・ニッコロ・ディ・フラーリの聖母」、ヴェロネーゼ作「聖ヘレナ」写真>

ヴェネチアの巨匠二人の作品。

ティツィアーノ作「サン・ニッコロ・ディ・フラーリの聖母」は、雲の上に聖母子と天使たち、 地上には聖セバスティアヌス、聖フランチェスコ、聖アントニウス、聖ペテロ、聖ニコラウス、聖カタリナが描かれている。

聖ヘレナはコンスタンティヌス帝の母だそうだ。貴婦人の容姿が美しい。

ニコラ・プッサン作「聖エラスムスの殉教」

<ニコラ・プッサン作「聖エラスムスの殉教」写真>

聖エラスムスというのは初期キリスト教時代の殉教者で、伝説によれば、内臓を巻き上げ機で引きずり出されたという。まさにその場面が描かれている。

カラヴァッジョ作「十字架降下」

<カラヴァッジョ作「十字架降下」写真>

イタリアではカラヴァッジョは非常に人気のある画家だと思うが、彼の作品の中でも有名な絵だと思う。 図録の解説にも「この作品は画家の最高傑作の一つとみなされており、絵画館の中でも必見の作品である」と言っている。

しかし、ラファエロの美しい絵に浸った後でこれを見ると、なんというか... 毒があるというかなんと言うか。 以前テレビ東京の「美の巨人」だったかで、カラヴァッジョのことを「天上の物語を地上に引きずり下ろした男」とか言っていたが、まさにそんな感じ。

この記事に書いた他にも、いい作品がたくさんあって、筆舌に尽くしがたい美術館だ。 朝8時から見はじめて、途中昼食・休憩を入れつつ、午後4時半ぐらいまでいたが、まだ時間が足りなかった。 いずれもう一回来てみたい。

参考文献

この記事を書くにあたり、以下の文献・Webサイトを参考にさせていただいた。

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2011年5月 7日 (土)

イタリア旅行記(1):概要

去年の11月以来、仕事が忙しくて美術を鑑賞する機会がなかなか作れなかったが、久々に復活。今年のゴールデンウィークはイタリアへ美術鑑賞の旅行に行ってきた。これからその旅行記を何回かに分けて書きたいと思う。

旅程はだいたい以下のとおり:

飛行機

1日目

  • アリタリア航空の直行便でローマへ
  • 夜はローマ市中に宿泊
バチカン美術館

2日目

  • バチカン美術館を参観
    あまりにも巨大で、この美術館だけでほぼ一日かかってしまった。
  • 夜は引き続きローマ市中に宿泊
ボマルツォの怪物公園

3日目

  • レンタカーを借り出し
    3日間のドライブ旅行を開始。
  • ボマルツォの怪物公園を参観
    ウンブリアの森の中にたたずむ怪奇な石像たちを見る。
  • 夜はオルヴィエートの近くまで行って宿泊
オルヴィエートの大聖堂 4日目
  • 午前中はオルヴィエートの大聖堂を参観
    地方の街中にこんなにすごい聖堂があるとは!
  • 午後はアッシジに行きフランチェスコ聖堂を参観
    さすが世界遺産、すばらしい。ただし人出も多くて、混雑もすごい。
  • 夜はペルージャ郊外のホテルに宿泊
ウンブリア国立美術館

5日目

  • ペルージャの大聖堂とウンブリア国立美術館を参観
    ウンブリア州の中心都市、すばらしい作品がある。
  • ローマまで帰ってレンタカーを返却
  • 夜はローマ市中に宿泊
ボルゲーゼ美術館

6日目

  • 午前中はボルゲーゼ美術館を参観
    本やテレビで見たことのある数々の有名作品の実物が目前に。
  • 午後にアリタリア航空の直行便で帰国

時間を切り詰めればもっといろいろ見にけたかもしれないが、ゆったり行こうと考え、緩めのスケジュールにした。それでも、一つ一つが素晴らしいものばかりで、見て回るのに時間がかかり、かなり疲れた ... イタリアというのは、大都市の有名な美術館や聖堂ばかりでなく、地方にも素晴らしい美術作品や建築がたくさんあるものだと思う。

次回以後の記事でそれぞれについて詳しく書きたいと思う。

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