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2011年5月16日 (月)

イタリア旅行記(2):ヴァチカン美術館

2年前にもローマに来たことがあって、ヴァチカン美術館を見たかったのだが、入場待ちが長蛇の列をなしていて、残念ながら諦めたことがある。 しかし今やヴァチカンのWebサイトからオンラインで予約ができるようになっている。

入口前広場

<入口前広場写真>

予約時間は朝一番8:00。7:30に着いたらまだガラガラだったが、ほどなくして続々と団体客がやって来て、並び始めた。

写真は出口で、入口はこの左手のほうだった。 どう並んでいいのかよくわからなくて困ったが、入り口に向かって右側のほうに置いてある柵の中は団体客が並ぶ場所で、個人客は柵に沿って左側に列を作るみたいだ。

エントランスホール

<エントランスホール写真>

ちょうど8:00ごろから入場開始。 入り口にはX線検査があって、それを通るとエントランスホールに入る。

左手のCassaと書かれたカウンターで予約証を差し出すとチケットを発行してくれた。

その後右手の入り口から入り、長いエスカレーターで上のほうに上がって行く。

ガイドブック

<ガイドブック写真>

途中の売店で日本語版ガイドブックを売っていたので買ってみた。 展示室1つ1つについて主な作品の解説が書いてある。

外国製の日本人向け観光ガイドにしては日本語訳の文章がいいな、と思ったら、石鍋真澄監修と書いてある。成城大学の先生だ。

展示室入り口(シモネッティの階段)

<シモネッティの階段写真>

エスカレータで登り切ると、展示室に入る。 複数の建物が組み合わさった複雑な構造をしているので、マップをよく見ないと自分がどこにいるのかよくわからなくなる。 もっとも、マップ自体もわかりにくいのだが。

写真はエジプト館/ピオ・クレメンティーノ館への入り口で、「シモネッティの階段」と呼ばれている(シモネッティとはこれを設計した建築家)。

ナイル川像

<ナイル川像写真>

エジプト館第4室にある2世紀ごろの黒大理石像。 これはエジプト由来のものではなく、ローマで作られたものだそうだ。 エジプト館の展示品には、ローマ帝国の時代に、エジプトから運ばれてきたものもあれば、それらの影響を受けてローマで作られたものもあるという。

これはナイル川の擬人像で、向かって右下にある壺は川の水の源をあらわすものだと思う。 ポイントは足元にいるワニで、これがナイル川を示しているのだと思う。 左腕にはコルヌコピア(豊穣の角)を抱え、ナイル川の恵みを表しているのだと思う。 右手に植物の房のようなものを持っているが、これは何だかわからない。

ラオコーン像

<ラオコーン像写真>

ピオ・クレメンティーノ館の中庭にある、非常に有名な大理石像だ。美術史の本なんかによく出ている。 ローマ帝国の時代にロードス島の彫刻家により制作されたもので、16世紀になってローマで発掘されたものだという。 よく見るとかなり修復された跡がある。

ラオコーンというのはトロイア戦争のときのトロイの神官で、敵軍がアテナへの貢物だと言って置いていったトロイの木馬に疑いを抱き、槍を投げつけたところが、アテナの怒りを買い、アテナの放った海蛇に息子ともども殺される、という話だそうだ。

これはなかなか印象深い作品だ。海蛇に巻きつかれる苦悶がありありと感じられる。

受難伝のタペストリー

<タペストリー全体写真>

エジプト館/ピオ・クレメンティーノ館からラファエロのスタンツェ/システィナ礼拝堂方面へ行く途中は通路状の展示室になっている。 その途中にタペストリーのギャラリー/聖ピウス5世のギャラリーと呼ばれる区画があって、大きなタペストリーが壁いっぱいに展示されている。 古いものなので、色褪せてはいるが、なかなか興味深いものだ。

中でも右の写真に撮ったタペストリーがよかった。おそらく15世紀にフランドルで織られたものだという。 内容は受難伝で、1つのタペストリーに異時同図で複数の場面が描かれている。

<タペストリー エルサレム入城部分写真>

左の部分に描かれているのは多分イエス・キリストのエルサレム入城だと思う。

<タペストリー 最後の晩餐部分写真>

そして中央部分は最後の晩餐。

<タペストリー イエス・キリストの捕縛部分写真>

そして右部分にイエス・キリストの捕縛(ユダの接吻)が描かれている。

コンスタンティヌスの間

<コンスタンティヌスの間写真>

さらに順路に従って進んでゆくとラファエロのスタンツェという区画に至る。 スタンツェとは部屋(複数形)という意味で、ラファエロ(およびその弟子たち)によるフレスコ画が壁面に描かれた部屋が4つある。 これがまたすばらしいものだった。

順路に従って1つ目の部屋が「コンスタンティヌスの間」。 コンスタンティヌスとは4世紀のローマ帝国皇帝で、キリスト教を公認して発展の基盤を築いたとされる歴史上の重要人物。

この部屋には、四方の壁にコンスタンティヌス大帝の物語が描かれている。 写真はその中の一枚で、「ミルヴィオ橋(ミルウィウス橋)の戦い」。 ミルヴィオ橋とはテベレ川にかかるフラミニア街道の橋で、ここでコンスタンティヌス大帝がライバルのマクセンティウスを打ち破り、ローマ帝国を統一した、という歴史的場面を描いている。

ヘリオドロスの間

<ヘリオドロスの間写真>

ラファエロのツタンツェ2つ目の部屋には、神が教会に与えてきた加護をテーマとするフレスコ画が描かれている。

写真はその中の一枚で「神から撃退されるヘリオドロス」。 ヘリオドロスというのはセレウコス朝シリアの財務官で、エルサレムの神殿から財宝を奪おうとしたところを、天使たちに追い返される、という話だそうだ。 教会の財産は神に守られているということを示しているのだと思う。

署名の間

<署名の間写真>

ラファエロのスタンツェの3つ目が署名の間だ。有名な「アテネの学堂」が描かれている。 古代ギリシャの学者たちが一堂に描かれている。

<アテネの学堂中央部分写真>

中心には、著作「ティマイオス」を手にしたプラトン(左)と、著作「倫理学」を手にしたアリストテレス(右)が描かれている。

Wikipediaの「アテナイの学堂」のページによると「プラトンが指を天に向けているのに対し、アリストテレスは手のひらで地を示している。これは、プラトンの観念論的なイデア論の哲学に対し、アリストテレスの哲学の現実的なさまを象徴していると考えられる。」という。

ボルゴ火災の間

<ボルゴ火災の間写真>

ラファエロのスタンツェの最後の部屋は、教皇レオ10世の食堂として使われた部屋で、壁画には同じレオの名を持つ過去の教皇(レオ4世、レオ3世)の出来事が描かれているという。

写真はその中の一枚で、部屋の名前にもなっている、「ボルゴの火災」。847年にローマのボルゴ地区で起きた火災をレオ4世が十字を切って消し止めたという出来事を描いたものだという。 遠景の建物の壇上に教皇の姿が見える。

現代宗教美術コレクション

<現代宗教美術コレクション写真>

ラファエロのスタンツェを抜けると現代宗教美術コレクションのギャラリーというのがあって、数多くの近代・現代のキリスト教絵画が展示されている。

あまりよく見なかったけれど、中には有名画家の作品もあるようだ。 サルバドール・ダリの絵が展示されていた。 何が描いてあるのかよくわからないが、左は「天使のいる風景」、右は受胎告知みたいだ。

システィナ礼拝堂

<システィナ礼拝堂入り口写真>

さて次はいよいシスティナ礼拝堂だ。

続々と人が入って行く。 中は大変な混雑だった。 警備員がしょっちゅう「silence please」と注意していた。

ここだけは撮影禁止なのが残念。 もっとも、あまりにも有名なので、中のフレスコ画は本やWebによく載っているのを見るが。

中は照明が無く、上部にある窓から入る光だけなので、少々薄暗くて見えにくいと思った。

正面にはミケランジェロ作「最後の審判」、天井には同じくミケランジェロ作の創世記、 左の壁(南壁)にはペルジーノやボッティチェリなどの画家の手によるモーセ伝、 右の壁(北壁)にはペルジーノやボッティチェリ、ギルランダイオらの画家の手によるイエス・キリスト伝が描かれている。

再び長い回廊状の展示室を戻り、次は絵画館を見に行く。

ミケランジェロ作「ピエタ」摸刻

<ミケランジェロ作「ピエタ」摸刻写真>

絵画館の入り口に、ミケランジェロの「ピエタ」の摸刻がある。 サン・ピエトロ大聖堂にある本物は防弾ガラスの向こう側にあるが、こちらは何もないので、間近に見ることができる。

Wikipediaの「ピエタ (ミケランジェロ)」のページに、以下のようなエピソードが書いてあるが...

ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』によれば、ピエタの設置を終えてまもないころに「あれは二流彫刻家のクリストフォロ・ソラーリ(Cristoforo Solari)が創ったものだ」という噂がささやかれているのを耳にしたミケランジェロは怒りにかられ、夜中に教会へ忍び込んでマリアの肩から胸に下がる飾り帯の部分に「MICHAELA[N]GELUS BONAROTUS FLORENTIN[US] FACIEBA[T](フィレンツェの人ミケランジェロ・ブオナローティ作)」と刻み込んだという(右写真参照)。のちにミケランジェロは発作的にこうした行為に出たことを後悔し、それ以後けっして自分の作品に名前を入れようとはしないことを誓った。そのため、『サン・ピエトロのピエタ』は彼がみずから署名を入れた唯一の作品となった。
Wikipedia「ピエタ (ミケランジェロ)」のページより

これがその部分(摸刻だが)。 <ミケランジェロのサイン写真>

ジョット作「ステファネスキ三連祭壇画」

<ジョット作「ステファネスキ三連祭壇画」写真>

絵画館は大体年代順に展示されている。まずは初期のルネッサンスから。

これはサン・ピエトロ大聖堂にあった祭壇画で、1320年ごろ枢機卿ヤコボ・ステファネスキによって注文されたものであることから、こう呼ばれているという。

裏表両面に描かれている。

表には、中央パネルに玉座に座る聖ペテロ、左パネルに聖ヤコブと聖パウロ、右パネルに聖アンデレ、福音記者ヨハネが描かれている。

裏には、中央パネルに玉座に座るイエス・キリスト、左パネルに聖ペテロの磔刑、右パネルに聖パウロの斬首が描かれている。

フラ・アンジェリコ作「バーリの聖ニコラウス伝」

<フラ・アンジェリコ作「バーリのニコラウス伝」写真>

これは祭壇画のプレデッラの部分で、ここには二枚ある。この祭壇画の本体はペルージャの美術館にあって、このあとペルージャに行ったときに見た。

一枚目の右側に、三人の娘たちの家の窓から黄金を投げ込むエピソードが描かれている。

フィリッポ・リッピ作「聖母の戴冠」

<フィリッポ・リッピ作「聖母の戴冠」写真>

色合いが美しい。 中央に聖母の戴冠、左右には天使、聖人、寄進者(フィレンツェの書記官カルロ・マルズッピーニという人だそうだ)の姿が描かれている。

ルーカス・クラナッハ(父)作「ピエタ」

<ルーカス・クラナッハ(父)作「ピエタ」写真>

周りはイタリア絵画ばかりの中にあって、ちょっと異質な感じがする。 劇的に痛ましいピエタだ。

ラファエロ作「フォリーニョの聖母」「イエス・キリストの変容」「聖母の戴冠」

<ラファエロ作「フォリーニョの聖母」「イエス・キリストの変容」「聖母の戴冠」写真>

おそらくのこ美術館で最高傑作と思われるラファエロの3作品。 名画ばかりのこの絵画館のなかでも、特にこの3作はいい。 ラファエロの絵は、いろいろな点で美しく出来ている感じがする。

ジョヴァンニ・ベッリーニ作「ピエタ」

<ジョヴァンニ・ベッリーニ作「ピエタ」写真>

図録では「死せるキリストへの哀悼とアリマタヤの聖ヨセフ、ニコデモ、マグダラのマリア」と題されている。

祭壇画の頂上部の絵だったそうで、そのためか、少し下から見上げるように描かれている。 それが独特の臨場感というか迫力感を出しているように思う。 人間味の強く感じられる人物の描写もすばらしい。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作「聖ヒエロニムス」

<レオナルド・ダ・ヴィンチ作「聖ヒエロニムス」写真>

未完の作品だが、レオナルド・ダ・ヴィンチの独特な作風が見て取れるように思う

ティツィアーノ作「サン・ニッコロ・ディ・フラーリの聖母」、ヴェロネーゼ作「聖ヘレナ」

<ティツィアーノ作「サン・ニッコロ・ディ・フラーリの聖母」、ヴェロネーゼ作「聖ヘレナ」写真>

ヴェネチアの巨匠二人の作品。

ティツィアーノ作「サン・ニッコロ・ディ・フラーリの聖母」は、雲の上に聖母子と天使たち、 地上には聖セバスティアヌス、聖フランチェスコ、聖アントニウス、聖ペテロ、聖ニコラウス、聖カタリナが描かれている。

聖ヘレナはコンスタンティヌス帝の母だそうだ。貴婦人の容姿が美しい。

ニコラ・プッサン作「聖エラスムスの殉教」

<ニコラ・プッサン作「聖エラスムスの殉教」写真>

聖エラスムスというのは初期キリスト教時代の殉教者で、伝説によれば、内臓を巻き上げ機で引きずり出されたという。まさにその場面が描かれている。

カラヴァッジョ作「十字架降下」

<カラヴァッジョ作「十字架降下」写真>

イタリアではカラヴァッジョは非常に人気のある画家だと思うが、彼の作品の中でも有名な絵だと思う。 図録の解説にも「この作品は画家の最高傑作の一つとみなされており、絵画館の中でも必見の作品である」と言っている。

しかし、ラファエロの美しい絵に浸った後でこれを見ると、なんというか... 毒があるというかなんと言うか。 以前テレビ東京の「美の巨人」だったかで、カラヴァッジョのことを「天上の物語を地上に引きずり下ろした男」とか言っていたが、まさにそんな感じ。

この記事に書いた他にも、いい作品がたくさんあって、筆舌に尽くしがたい美術館だ。 朝8時から見はじめて、途中昼食・休憩を入れつつ、午後4時半ぐらいまでいたが、まだ時間が足りなかった。 いずれもう一回来てみたい。

参考文献

この記事を書くにあたり、以下の文献・Webサイトを参考にさせていただいた。

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