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2010年8月

2010年8月15日 (日)

トルクァート・タッソ作「エルサレム解放」

カポディモンテ美術館展の記事で書いたが、この展覧会で、一番いいと思ったのが、アンニーバレ・カラッチ作「リナルドとアルミーダ」だった。

この主題は、トルクァート・タッソというイタリアの詩人が書いた「エルサレム解放」という叙事詩の中にあるとのこと。 自分は文学の素養はほとんどないので、よくはわからないが、イタリアの古典文学においては非常に有名な作品らしい。

岩波から文庫本が出版されているので、買って読んでみた。

岩波文庫の本について 岩波文庫「タッソ エルサレム解放」

この叙事詩の題名は、日本語で直訳すると「解放されたエルサレム」というのが普通のようだが、この本は「エルサレム解放」という題名になっている。 訳者の解説によると、原作の意図を尊重して、「エルサレム」の語が力強く前置される訳語を書名とした、とのこと。

4月に発売されたばかりの、まだ新しい本だ。 表紙にはまさにカポディモンテ美術館展に出展されている絵が使われている。 偶然か必然かよくわからないが、この展覧会にちょうどマッチした本だ。

570ページもあって、文庫本としては分厚いが、これでも抄録。 編纂したのは、アルフレード・ジュリアーニという現代イタリアの詩人で、 トルクァート・タッソ作の詩句のうちの主要な部分を選んで抜粋し、それ以外の部分はアルフレード・ジュリアーニによる要約で語られている。

叙事詩の内容について

この叙事詩は第一回十字軍のエルサレム攻囲戦を描いたもの。 史実ではそれは1099年のことだったというから、タッソの時代においてはすでに500年近い昔だったことになる。 ただし、この叙事詩の記述は、史実にはあまり忠実ではないらしい。 登場人物的にも、実在の人物をモデルとしたところもあるようだが、基本的にはほとんどフィクションと考えたほうがいいようだ。

ストーリーは、端的に言うと、エルサレムを支配していた異教徒軍に対して、十字軍が戦いを挑み、 天の加護を受けて、さまざまな困難を克服し、ついには勝利し、 エルサレムを異教徒の手から解放する、というもの。 ただし単純な勧善懲悪的物語ではない。 敵対する異教徒たちの心情にも思いを寄せ、敵味方双方にわたって、壮絶な戦いに身を投じる者たちの人間味あふれる物語が展開する。 またそこには、十字軍の騎士と異教徒の女性との報われない恋愛の物語も織り交ぜられている。 そのあたりが、同情を誘うというか、なんとも切ない感じがする。

この本の冒頭、編纂者のアルフレード・ジュリアーニの文章では、「数ある英雄叙事詩のなかでも最も暗欝で、最も不穏で陰影の濃い作品である」と言っているが、 自分としてはそんなに暗欝だとは思わなかった。というか、結構楽しく読めた。 もっとも、自分は古典文学の素養はほとんど無いので、この分野での評価基準というものはわからないが ... 基本的には十字軍の騎士たちの戦いをキリスト教的に賛美するというのがメインのテーマなのだと思うが、 中世の東方世界の歴史物語の要素もあれば、騎士道あふれる英雄物語の要素もあり、異国の美女たちとのラブストーリーという要素もあり、魔法や神話を織り交ぜたファンタジーの要素もある。 さまざまな要素が織り込まれていて、とても面白い物語だと思った。

絵画作品について

この叙事詩は、当時としては大ベストセラーとなり、文学の分野のみならず絵画や音楽等も含め、バロック時代の芸術全般に深い影響を与えたそうだ。

自分の記憶では、この叙事詩に主題を得た絵画作品を、過去に3度見たことがあると思う。

シスト・バダロッキオ作「瀕死のクロリンダに洗礼を授けるタンクレーディ 一つ目は、2007年に、国立西洋美術館で開催された「パルマ―イタリア美術、もう一つの都」展に出展されていた、シスト・バダロッキオ作「瀕死のクロリンダに洗礼を授けるタンクレーディ」。
ジャン=フランソワ・ド・トロワ作「泉のほとりのリナルドトアルミーダ」 二つ目は、今年(2010年)5月に、高松市美術館で開催された「カンヴァスに描かれた女性たち」展に出展されていた、ジャン=フランソワ・ド・トロワ作「泉のほとりのリナルドとアルミーダ」。
アンニーバレ・カラッチ作「リナルドとアルミーダ」 そして三つ目が、今回、国立西洋美術館で開催されたカポディモンテ美術館に出展されていた、アンニーバレ・カラッチ作「リナルドとアルミーダ」。

いずれも、この叙事詩の中に出てくる、十字軍の騎士と敵軍の美女との、悲しい愛の物語である。 前に述べたように、この叙事詩にはさまざまな要素が織り込まれているが、絵画作品としてはやはり、ラブストーリーのところが絵になるようだ。 この叙事詩にはもうひとつ、異教徒の王女エルミーニアがタンクレーディに恋をするという、これまた悲しい話があるのだが、それを主題とする絵画作品も、自分としてはいまだ見たことがないが、いくつか存在するようだ。

参考文献

この記事を書くにあたり、以下の文献・Webサイトを参考にさせていただいた。

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2010年8月 1日 (日)

ディオニュソスとアリアドネ

名古屋市博物館で開催されているポンペイ展で見た、「ディオニュソスとアリアドネ」(ラテン名的には「バッコスとアリアドネ」)のフレスコ画がよかったので、 この機会に、この主題について調べてみた。

登場者

このフレスコ画の主な登場者の名前を書くと、下の図のようになると思う (後ろのほうの登場者は、よくわからないので、あまり確かではないが...)。

ディオニュソスとアリアドネ

ディオニュソス:お酒(葡萄酒)の神様。多くの信者を従える人気者。この絵はちょうどディオニュソスがアリアドネのもとへ飛来したところ。頭には葡萄の葉の冠をかぶり、手にはテュルソスと呼ばれる杖を持っている。

アリアドネ:クレタ王国の王女。寝ているうちに置き去りにされてしまった。

ヒュプノス:眠りの神。手にお皿のようなものを持っているように見えるが、これはたぶん、ヒュプノスは忘却の川(レテ川)の水に浸した枝で眠っている者の頭を撫でると言われているので、その川の水を入れた皿ではないかと思う。

シレノス:田園の神。酔っぱらいの老人で、知恵と予知能力を持つという。ディオニュソスに葡萄酒の作り方を教えたのもシレノスであると言われている。

パン:牧羊の神。半分山羊のような姿をしている。好色な神様で、よく女の子を追いかけまわしているという。アリアドネを見て驚いたような仕草をしている。

サテュロス:野山の精霊たち。ディオニュソスに付き従い、飲んだり、踊ったり、ふざけたりしている連中。

マエナス:ディオニュソスの信者の女たち。彼女たちもディオニュソスに付き従い、よく酒を飲んでは狂乱しているという。

クピド:英語風に発音するとキューピッド。愛の神。ディオニュソスにアリアドネを見せような仕草をしているのは、つまり、ディオニュソスにアリアドネへの愛がもたらされるということだと思う。

物語のあらすじ

アリアドネはクレタ王ミノスとその妃パシパエの娘。 パシパエはまた、ミノタウロスを生んだ女性でもある。 ディオニュソスとアリアドネの話はミノタウロス退治に続く話である。そこからの話も含めて、物語のあらすじを以下にまとめた。

ミノタウロスの出自

ミノスはポセイドンから、後で返すという約束で、美しい牡牛を得た。 しかし、ミノスは約束に反して、牡牛を返さなかった。 怒ったポセイドンは、パシパエに呪いをかけ、牡牛に対して欲情を抱かせた。 パシパエは牡牛と交わり、半牛半人の怪物ミノタウロスを生んだ。

ミノスはクノソス宮殿の地下にラビュリントスと呼ばれる迷宮を作り、そこにミノタウロスを閉じ込めていた。

テセウスのミノタウロス退治

ミノスはアテナイとの戦争に勝って以来、毎年若い男女を7人づつ、ミノタウロスへの生贄として差し出すよう、アテナイに強いていた。 アテナイの王子テセウスは、自ら進んで生贄となること申し出て、クレタに連れてこられた。その際テセウスはアフロディテに加護を求めた。

アリアドネが連れてこられたテセウスを見たとき、アフロディテは彼女がテセウスに恋をするよう仕向けた。 そしてアリアドネは、自分と結婚することを条件に、テセウスにミノタウロスを討つための刀と、迷宮の道案内となる糸玉を与えた。 その糸の端を迷宮の入り口に結びつけておくと、糸玉はころころと転がって、ミノタウロスの居る一番奥の部屋へと達した。 テセウスは、ミノタウロスをアリアドネにもらった剣で討つと、糸をたどって来た道を戻り、迷宮から抜け出ることができた。

ナクソス島に置き去りにされるアリアドネ

その夜、テセウスはアリアドネはを連れて、クレタを船で脱出した。

数日後、船はナクソス島(ディア島)に寄港した。 アリアドネが船を下りて島で眠っている間に、テセウスは彼女を置き去りにしたまま船出してしまった。 何故彼がそんなことをしたのかは謎である:新しい恋人ができたとも、アテナイでクレタの王女を連れ帰ったことを批判されるのを恐れためとも、 ディオニュソスの魔法にかけられたためとも言われる。

ディオニュソスとアリアドネの結婚

置き去りにされたアリアドネのもとに、ディオニュソスがサテュロスやマエナスたちを伴ってやってきた。 ディオニュソスは寝ているアリアドネの美しさに驚いた。 アリアドネは、目が覚めると、テセウスに置き去りにされたことを嘆き悲しんだ。 ディオニュソスはそんなアリアドネを慰め、彼女に結婚を申し込んだ。

こうしてディオニュソスとアリアドネは結ばれ、二人の間にはたくさんの子供ができた。

名前の表記

ギリシャ神話について書いたり調べたりするときに、結構困るのが、名前の表記だと思う。

ディオニュソスというのはギリシャ神話での名前で、ローマ神話ではバッコスと言うらしい。また、クピドというのはローマ神話での名前で、ギリシャ神話ではエロスと言うらしい。

また、カタカナの表記は、微妙に違ういろいろなものがあるようで、それがまた、キーワード検索したりするときに困るところ。 例えばWikipediaでは、「マエナス」でサーチすると出てこないが、「マイナス」でサーチすると出てくる。

今回の記事を書くにあたり、本やWebで見たいろいろな表記を下記の表にまとめた。 太字で書いてあるのは「西洋美術解読事典」の表記、リンクが張ってあるところはWikipediaのページへリンクしている。 アルファベットで書いてあるのは英語での綴り。

展覧会カタログの表記 ギリシャ神話 ローマ神話
ディオニュソス ディオニュソス、ディオニューソス、デオニュソス
Dionysus, Dionysos
バッコスバックス、バッカス
Bacchus
アリアドネ アリアドネアリアドネー
Ariadne
ヒュプノス ヒュプノス
Hypnos, Hypnus
ソムヌス
Somnus
シレノス シレノスシーレーノス
Silenus
パン パンパーン
Pan
ファウヌス
Faunus
サテュロス サテュロス
satyr
マエナス マイナス、マエナス
Maenad
クピド エロス、エロース
Eros
クピドクピードー、キューピッド
Cupid
アモル

この記事では、展覧会カタログの表記に従うことにしている。

まとめ

「ディオニュソスとアリアドネ」の話は、アリアドネがなぜ置き去りにされてしまったのかが謎だが、悲しみにくれるアリアドネをディオニュソスの愛が救うという、幸せな物語だと思う。 ディオニュソが様々な従者を連れているのも、にぎやかで楽しい。

つらいことがあっても、神様が救ってくれて、幸せになれることもあるのかなと、思わせてくれる感じがする。

参考文献

この記事を書くにあたり、以下の本・Webサイトを参考にさせていただいた。

  • 日本テレビ放送網発行「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡 カタログ」
  • ロバート・グレイヴズ著、高杉一郎訳「ギリシア神話」
  • ジェイムズ・ホール著、高階秀爾監修「西洋美術解読事典」
  • THEOI GREEK MYTHOLOGY http://www.theoi.com/
  • ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/

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