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2010年6月

2010年6月26日 (土)

ギュスターヴ・モロー作「オルフェウス」

今回の記事は、国立新美術館で開催されている「オルセー美術館展2010」に出展されていた、ギュスターヴ・モロー作「オルフェウス」について。書いているうちに、つい長い記事になってしまったが...

展覧会の概要

オルセー美術館展2010は、ポスト印象派をテーマとして、オルセー美術館所蔵品から選ばれた115点の絵画からなる展覧会。出ている作品は、例えば、アンリ・ルソー作「蛇使いの女」や、ポール・ゴーギャン作「《黄色いキリスト》のある自画像」、フィンセント・ファン・ゴッホ作「星降る夜」等々...本やテレビなどで何度も見たことのある有名作品が多数並ぶ、すごい展覧会だった。会場の混雑もすごかったが。

古典絵画趣味からすると、ポスト印象派というのは、興味からはだいぶ外れるところだが、しかしその中で1つだけ、ギュスターヴ・モロー作「オルフェウス」には、ギリシャ神話に題材をとっているという点で、興味を引かれた。

そこで、オルフェウスについて、詳しく調べてみた。

オルフェウスの系譜

オルフェウスはムーサのカリオペとトラキア王オイアグロスの子。
カリオペはユピテルとムネモシュネ(記憶の女神)の間に生まれた9人のムーサ(文芸の女神)の一人で、叙事詩の女神。
トラキアとは、バルカン半島の東南部を指す地名で、現代の国で言うとトルコのヨーロッパ部から、ブルガリア東南部、ギリシャ東部のあたりの地域。

Orpheus

オルフェウスは、アポロンから竪琴を授かり、音楽の名手であったという。オルフェウスが竪琴を弾き、歌を歌うと、木々たちが飛来して陰を作り、鳥獣たちが彼の周りに集まり、岩石までもが引き寄せられて彼を慕ったという。

オウィディウスの変身物語では、巻十に「オルフェウスとエウリュディケ」の話が、巻十一に「オルフェウスの死」の話が述べられている。そのあらましを以下に:

「オルフェウスとエウリュディケ」のあらまし

オルフェウスは、結婚したばかりの妻エウリュディケを亡くしてしまう。エウリュディケが草原を散策しているとき、足首を蛇に噛まれて、命を落としてしまったのだった。

オルフェウスは妻の死をとても悲しんだが、その後、冥界の亡者たちにも訴えかけてみようと思い、思い切って地下へと降りて行った。冥王とプロセルピナの前に出ると、竪琴を弾きながら思いを歌にして語った。その歌には冥界の亡者たちも貰い泣きするほどだったという。

冥王はオルフェウスの願いを拒むことができず、エウリュディケを呼び寄せた。彼女は傷がまだ癒えておらず、足取りもたどたどしかった。エウリュディケはオルフェウスに与えられたが、ただし、それには条件があった。地上に出るまでは、後ろを振り返ってはならない、さもなくば、せっかくの贈り物が無になる、という。

二人が険しい、暗い坂道をたっどって戻る途中、もう地上に近あたりだったが、オルフェウスは妻が付いて来ているのか心配になった。そうなると無性に妻を見たくなる。そして、とうとう後ろを振り返ってしまった。するとたちまちエウリュディケは冥界へ引き戻されて行った。お互いに捕まえようと腕を伸ばすが、手ごたえのない空気しかつかめなかった。エウリュディケは二度目の死に際しても、振り返ってしまった夫を非難することなどなかった(こんなにも愛されて、何の不平があろうか)。ただ、夫の耳には届かない最後の「さようなら」を言って、冥界へと再び落ちて行った。

オルフェウスはもう一度冥界へ戻ろうとしたが、冥界の河(ステュクス)の渡しで、渡し守(カロン)に追い払われた。そして、冥界の神は残酷だと嘆きながら、帰っていった。

その後オルフェウスは女人との愛を絶って生きた。多くの女たちが彼と一緒になりたいと望んだが、拒否されて悲しんだという。

「オルフェウスの死」のあらまし

オルフェウスが竪琴を弾き、歌を歌っているとき、トラキアのマイナス(バッコスの信女)たちがオルフェウスを見つけて言った「ほら見て、あそこに私たちを軽蔑する男がいるわ」。マイナス達は、初めは石を投げつけたりしていたが、やがて狂乱に陥っていった。騒音をかき鳴らしてオルフェウスの竪琴の音も歌をもかき消し、マイナス達は襲いかかった。最初に、オルフェウスの歌に魅了されている鳥たちや獣たちを引き裂いて行った。それから、たまたま近くで作業をしていた農夫たちの鍬やつるはしや熊手を奪い取り、オルフェウスに襲いかかって、彼を八つ裂きにした。

こうしてオルフェウスは殺され、その体は方々に散らばった。頭と竪琴はヘブロス河へと流れたが、不思議なことに、河を流れている間、竪琴は悲しげな響きをたて、命を失ったオルフェウスの口からは悲しげなつぶやきが漏れていたという。やがてそれらは海へと運ばれ、レスボス島のメテュムナの岸に流れ着いた。そこで凶暴な蛇が襲いかかろうとしたが、アポロンが現れて、払い除けられ、石に変えられた。

オルフェウスの霊は冥界に下り、エウリュディケを見つけ出すと、ひしと腕に抱いた。今ではオルフェウスも、愛する妻を見ようと振り返るのに、何の不安もない。

  • ヘブロス川とは、マリツァ川とも呼ばれ、トラキアを流れる一番大きな河川で、ブルガリア南部からギリシャ/トルコ国境を流れエーゲ海にそそぐ
  • レスボス島とはエーゲ海のトルコ沿岸にあるギリシャ領の島

ギュスターヴ・モローの作品について

変身物語に書かれているオルフェウスの話は以上のようなもので、要するに、妻への深い愛がかえって悲劇を招いてしまうという悲しい物語だ。ギュスターヴ・モローの絵を見ると、それを悼む心が伝わってくるように感じる。

しかし、この絵はオルフェウスの物語のどの場面を描いたものなのかと考えると … ピエール=ルイ・マチューの本(下記参考文献)によると、この作品は1866年のサロンに出品されたもので、その時のパンフレットに、作者の解説文として、以下のように書かれていたそうだ。

一人の若い娘が、ヘブロス河の水に運ばれてトラキアの岸辺に流れ着いたオルフェウスの首と竪琴を恭(うやうや)しくひろい上げる

つまり物語が終わった後の情景ということだと思う。オルフェウスというと、今までに、動物たちに囲まれて竪琴を弾いている場面や、冥界に下ってエウリュディケ連れ戻そうとする場面を描いた絵は何度か観たことがあると思うが、この絵はそういったクライマックスを描く伝統的な古典絵画とは違って、物語が終わった後から追悼するという描き方をしているのが興味深いところだと思う。

参考文献

この記事を書くにあたり、以下の本・Webサイトに掲載されている情報を参考にさせていただいた。

  • 高津春繁(こうづ はるしげ)訳 岩波文庫赤110-1
    「アポロドーロス ギリシア神話」
  • 中村善也(なかむら ぜんや)訳 岩波文庫赤120-2
    「オウィディウス 変身物語(下)」
  • Ovid Illustrated - Univ. of Virginia Electronic Text Center
  • ピエール=ルイ・マチュー著 高階秀爾、隠岐由紀子訳 三省堂発行
    「ギュスターヴ・モロー その芸術と生涯」
  • Wikipediaの「トラキア」「レスボス島」「Maritsa」のページ

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2010年6月13日 (日)

ボストン美術館展@森アーツセンターギャラリー

今回は、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催された「ボストン美術館展 西洋絵画の巨匠たち」の鑑賞記を書こうと思う。

展覧会の概要

米国のボストン美術館の所蔵品から選ばれた80点からなる展覧会で、年代的には大体16世紀から20世紀前半ぐらいまでと幅広く、また、 ジャンル的にも肖像画/宗教画/室内画/風景画/静物画など幅広い展覧会だった。 どちらかというと印象派/バルビゾン派がメインという感じだったが、自分としては肖像画のセクションと宗教画のセクションが面白かったと思う。

展覧会の公式ホームページはhttp://www.asahi.com/boston/にある。

また、ボストン美術館のWebサイトはhttp://www.mfa.org/にある。このサイトには、所蔵品の検索ページがあって、作品の画像と解説を見ることができる。 解像度が高くて、画像の部分拡大もできて、よくできているWebサイトだと思う。 この記事の以下の部分で、作品題目のところには、美術館Webサイトのその作品のページへのリンクが張ってある。

今回の展覧会で、中でも下記の3点が、特によかったと思う。

フランチェスコ・デル・カイロ作「洗礼者ヨハネの首を持つヘロデヤ」

洗礼者ヨハネの首を持つ...と言ったら普通はサロメだと思うが、この絵はヘロデヤ、つまり、サロメの母で、洗礼者ヨハネの首を切るように仕向けた張本人のほうが描かれている。

恍惚とした表情で洗礼者ヨハネの舌を引っぱり出しているという、なんとも不気味な情景だ。 図録の解説によると「聖ヒエロニムスによると、首がヘロデヤの前に差し出されたとき、彼女は針で洗礼者の舌を突き、それを櫃に入れてしまった。」という。

ヤコボ・バッサーノ&フランチェスコ・バッサーノ2世作「キリストの嘲弄」

嘲弄という場面なのに、手前に描かれている兵士らしき人物は、むしろ敬っているように見える … と思って、調べてみたところ、新約聖書のマルコによる福音書に以下ように書いてあった。 この記述に合っているように思う。

【新約聖書 マルコによる福音書 15.16~15.20】
兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。 そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。 また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。 このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した。

ジャン=フランソワ・ミレー作「刈り入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」

農民の休息の情景を描いた絵だが、図録の解説よると、この絵は当初は旧約聖書のルツとボアズの絵として構想されたものなのだそうだ。 偶然にも先週の記事でルツ記について書いたばかりだ。

おそらく左端に描かれている青い衣服の女がルツで、その手をとり「さあこちらへ」というような身振りをしている男がボアズなのだと思う。 自分の推測だが、おそらくこれは、ルツ記の2章14節の場面を描いたものではないかと思う。

【旧約聖書 ルツ記 2.14】
食事のとき、ボアズはルツに声をかけた。
「こちらに来て、パンを少し食べなさい、一切れずつ酢に浸して。」
ルツが刈り入れをする農夫たちのそばに腰を下ろすと、ボアズは炒り麦をつかんで与えた。ルツは食べ、飽き足りて残すほどであった。

ルツの表情はあまりはっきりわからないので、これも多分に推測だが、伏し目がちで、何となく、農夫たちの中に加わることに躊躇しているように見えないでもない。 もしそうだとするなら、それは、ルツは異邦人なので、イスラエルの民の食事に加わることに恐縮している、ということなのではないかと思う。

まとめ

西洋古典絵画趣味としては、出品数は少なかったが、面白いものがあった展覧会だと思う。 アメリカの美術館というは実際に行ったことがないが、この展覧会から見る限りでは、ヨーロッパの古典絵画のいいものがあるものなのだと思った。

参考文献

  • 朝日新聞社発行「ボストン美術館展 西洋絵画の巨匠たち カタログ」
  • 日本聖書協会発行「聖書 スタディ版 (The Study Bible)」

2010年6月 7日 (月)

旧約聖書ルツ記

高松市美術館でルツの絵を観たのを機会に、旧約聖書のルツ記というものを読んでみたくなった。銀座の教文館に行って、聖書を買い、読んでみた。

ルツ記のあらまし

士師の時代(西暦でいつごろのことか、確実にはわからないが、一説には紀元前1200年から紀元前1000年ぐらいの間と推定される時代)のベツレヘムに、夫のエリメレクと妻のナオミ、息子のマフロンとキルヨンの家族がいた。

彼らは飢饉を逃れてモアブの土地(死海の東方)に移り住む。息子の一人マフロンはそこでモアブ族(アブラハムの甥ロトの子孫であり、イスラエルの部族ではない)の女を妻とする。それがルツである。キルヨンもやはりモアブ族の女オルパを妻とする。

やがてエリメレクも、マフロンも、キルヨンもモアブの地で死に、後には女たちだけが残された。そこでナオミはベツレヘムへ帰ることにする。その旅の途中、ナオミは二人の嫁に、モアブ族に戻って再婚するようにと説得する。二人の嫁は声を上げて泣き、オルパは泣く泣くモアブに帰って行くが、ルツはナオミを見捨てることはできないと、すがりついて離れなかった。ナオミはルツの決意が固いのを見て説得をあきらめ、二人でベツレヘムへと帰る。

二人がベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れの始まるころだった。ナオミは畑へ落ち穂拾いへと出かける(刈り入れのときに、貧しい人が拾えるように落ち穂を残すことは、当時の社会の習慣だった)。その畑は、たまたま、エリメレクの親類であるボアズの所有する畑地だった。 畑でルツを見たボアズは、彼女のことを聞いて感心し、厚遇する。

やがてナオミは、ルツがボアズと結ばれることを願い、ルツに、夜ボアズのもとへ行き、一夜をともにするようにという。ルツはそれに従いボアズのもとへ行き、自分と結婚するよう迫る。しかしボアズが言うには、よりルツの家系に近い親族の者がいて、その者の方が「家を絶やさないようにする責任がある人」(当時の社会では、子供のないまま夫に死なれた女を親族の男が引き取り、また、亡くなった夫の財産をその親族の男が買い取ることが求められた)であると言う。まずはその者に責任を果たすつもりがあるかを聞き、もしその者がそれを好まないのなら自分が責任を果たすと言う。

翌日、ボアズは町へ行き、裁きの座でその者に聞くと、その者は、ルツを引き受ける責任を負いかねると言う。そこでボアズは、その者にかわって自分がルツを引き取り、財産を買い取ることを宣言する。

こうしてルツはボアズと結ばれた。やがてルツは男の子を生み、その子はオベドと名付けられた。オベドにはエッサイが生まれ、エッサイにはダビデが生まれた。

ポイント

つまりルツはダビデ王の曾祖母にあたる女性である。

異邦人であるが、イスラエル人の妻となり、夫を亡くした後も姑のナオミとともに生きた。そして、ボアズの妻となり、その家系はダビデ王へと繋がる。

絵になりそうなポイントとしては:

  • ナオミはベツレヘムへと帰る途中、ルツとオルパに、モアブ族に戻るように言った。二人の嫁は声をあげて泣き、オルパはモアブへと戻って行ったが、ルツはナオミを見捨てることはできないと、すがりついて離れなかった。
  • ルツは畑で落ち穂拾いをしている時、ボアズに出会い、ボアズから厚遇を受けた。ボアズは裕福な男であると思われる(畑を所有し、召し使いがいるという記述があるので)。

備考

「ナオミ」という名前の原義は、ヘブライ語で「愛されるもの」もしくは「心地よい」の意味だそうだ。ちなみに、英語では「Naomi」と綴り、「ネイオーミ」と発音するらしい。

「ルツ」という名前の原義は、ヘブライ語で「友」もしくは「同伴者」の意味だそうだ。ちなみに、英語では「Ruth」と綴り、「ルース」と発音するらしい。

参考文献

  • 日本聖書協会刊「聖書 スタディ版(The Study Bible)」
  • 日本基督教団出版局刊「旧約聖書略解」
  • 研究社「新英和大辞典 第6版」(SII 電子辞書 SR-G10000)

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